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人は見た目が9割?(その3)

「人は見た目が9割」(竹内一郎著、新潮新書)を読んで田舎教師が「なるほど。そうか。そうだよな。」と思ったことの3つめ、これで最後です。

微笑みの持つ重層構造のところで、笑いは親和行動であり、「あなたに敵意はありませんよ」あるいは「親しくしましょう」というメッセージであると同時に、相手を騙そうとしているときも使われるそうな。

そして、ここから引用(P.182~183)ですが、
しつこい相手に「もういい加減に切り上げたい」とメッセージを伝えるときにも、微笑むことがある。この微笑みも好意ではない。むしろ不快感の表明である。しいて言うなら、「言葉を荒げたくないからこの空疎な笑いで理解してくれないか」と伝えているのだ。
最低限の「親和作用」がないとはいえないが、この微笑みが伝えるものは「拒否」以外のものではない。」


この「拒否」の微笑み、田舎教師もよく使うのですが、1つ反省することは生徒にも使ったことがあるということです。自分の子供や奥さんには使ったという気はしないのですが。
家族には拒否や怒りというネガティブな感情はまだ出しているほうなので。。。
いや、やっぱり使ってるかな?

しかし、今ここであげたことはコミュニケーションや人の心を扱う専門家にとっては既に常識となっていることかもしれません。これらのことを意識するには、かなりの人間観察が必要だと思います。
医療・福祉・教育などの人を直接相手にする仕事はもちろん、ビジネスにおいても気をつけたいところです。

ここまで書いて田舎教師がシステムエンジニア時代に読んだマキアヴェリの君主論を思い出しました。これも私のボキャブラリでは言い表せないほどの人間観察から言えることが、ポンポン出てくるのです。またこれもいつか書きとめましょう。そうそう、そのころ、中国の古典、「孫子」などの兵法書にも、はまっていました。これもそう。

いや~、もう少し涼しくなったらいいんですけどね。
今日もエアコンのない部屋で汗だらだらです。
それでは。

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2006年08月20日 12:37に投稿されたエントリーのページです。

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